No Such Blog or Diary

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阿蘇の方へ行く

まず,竹田の七ツ森古墳群の彼岸花が見頃らしいので行ってみた.本当に丁度よいタイミグだったっぽく鮮やかに赤.巾着田よりは密度と規模が小さいけれど,代わりに彼岸花の中をそれなりに自由に動き回れて見たいところで見られるのがよい.ただし登るな.





そして阿蘇大橋が落ちた所へ様子見に.当然のごとく落ちた縁には立ち入り禁止看板.大いに無視されてるのだけど.


崩落した斜面全体.スケールが大きすぎて元がどうだったのか分からない.

なお,崩落現場では無人の重機がせっせと作業中(望遠で操縦席を覗いてみたら誰もいない).どれくらいの作業をオートでやれるのかとても気になるところ.夜も動いてたりするのだろうか?

次いで阿蘇西小学校の北側の断層を見学.まずはズレた上側から.結構高い.

自転車でグルっと回って下の方から.ズレの手前も割れまくってボッコボコ.

上にズレてるところ.Brompton のシート高が 70cm 程度だろうからズレの高さは 1.5m くらい? だがしかし,こんなズレがどうやって作られるものなのかその瞬間がとても気になる.その瞬間をとらえた映像とか無いものかね.

んで,上のズレは道と直交して進んでいくのだけど,よく見ると大きくずれたのの他にもう一本上下のズレが同じ向きに走っている.その間に立つと両方の地面の下が見えるので,この2本の間が沈んだのかなぁとか思ってみたり.最終的に九州って南北に割れるんだっけ?

一本東の砂利道の上下のズレ.測量?のお仕事中……

地球割状態の畑.

そして帰り道に偶然見つけた道の駅原鶴の前のひまわり畑.何となくひまわりの時期としては遅い気もするけれど,ちょうど見頃っぽい.

よく見てみたら道の駅の入り口にひまわりのマークがあった.杷木町の花がひまわりだったっぽい.

帰る

昨日帰るのは時間的に無理だったので今日お帰り.半日潰れる.でも出張の移動で休日が潰れたとしても仕事してるわけじゃないので何も起きない.だがしかし,半日潰れるとやれることがだいぶ制限されて自由が減るので,ぶっちゃけ移動中に仕事するから休日の振替をして欲しい気もする.どうにかならんものか.

大会3日目

とりあえず,put を書きたくないから get からどうにかしたいという動機は一旦置いておくことにしたのだろうか,とかいうのが初期に関連してた者の一番の疑問.一端を極めたから一旦仕切りなおして他端を極めに行って,それから良い折衷案を模索するという方向だと良いかもしれない.

そして夜の会議までお仕事して出張終了.お帰りは明日.

大会2日目

とりあえず,実験するのに Amazon EC2 で 200万円使うと事務とのやり取りとか面倒であると学習.サーバの写真を出せ,というのは面白い.だがしかし,それくらいのリソースを使ってでも隅々までやり切るのが大事であると.

うーん,計算機科学とか化学とかに比べると実験にお金かからないイメージだったのだけど,そろそろお金が掛かる実験が身近になってきたのだろうか.というよりそこそこ安くないけれどお金を用意すれば簡単に実験できる環境が溢れてきたということか.

最近似たように実験する感じになってるので本格的に自前でやるまえに自分とこの事務に確認をとっておくのが安全そう.5年位前は色々面倒そうだからと2諭吉くらい自腹だったなぁ.

閑話休題.

雨がひどい.さっさと逃げ帰ってきて正解だった.

とりあえず仕事終わり

発表と座長終わり.インフォーマル夜の部も終了.あとは普通に話を聞くモードで.

閑話休題.

2日に富士山の宝永山で遊歩道にまで達するような落石があったようで.便利なルートかもとか思ったけれど今は危険なのかもしれない.晴れてるとどこに落ちてきそうか弾道が読めるけれど,この前通った時のようにガスってると弾道予測もできないのでやばそう.

サマースクール

Java って 1995年に出たものだったのか.JDK の 1.0 は 1996年? とりあえず 1996年には Java でプログラム書いたりしてたはずなので実は出てすぐから触っていたことに気がついた.

だがしかし,それでも20年は経っているわけで…… 後方互換を捨ててでも効率よくしやすい仕様に変えたりとかしたほうが幸せになれるきもするけれど.いつまで長生きするのだろうか.

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