No Such Blog or Diary

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スズメバチの巣をふっとばした

なんか数日前くらいから時々寝室にゴツい羽音が響くなぁと思ってて,もしかしてと思って今日換気穴を見てみたら小さなススメバチの巣があった.まあ,このサイズならまだ女王蜂が一匹居るだけだろう.羽音も時々しかしてないし.

ということで,蜂の巣を駆除するやつを確保.反撃されない成分入り?

そして窓から手を伸ばして噴射(して窓を急いで閉めた).思ったより勢いがあって巣は一撃で吹っ飛んだ.そしてスズメバチが一匹飛んで逃げてった.

とりあえず逃げてったやつが戻ってこなさそうならちゃんと中の破片などを掃除しようかね.

橋を確認

昨日通った道が添田町の町道 陣屋・屋形原線ということでよいのよね,というのの確認をしたくて「大浦橋」(通行止めだった区間に入ったすぐ先で木浦川の右岸側に渡る橋)と「陣屋・屋形原線」でぐぐったら添田町の令和6年度(令和7年3月)の「個別施設計画(橋梁、道路附属物等)」が引っかかった.その橋の一覧表の 51番に「大浦橋」があって,その路線名称が「陣屋・屋形原線」なので,今回の道が町道 陣屋・屋形原線ということでよさそう.この一覧表によると陣屋・屋形原線は2級町道らしい.なるほど,このクオリティが2級町道なのか.

んで.せっかく橋の一覧表があるので色々見てみる.

陣屋・屋形原線の橋は 7本あって,ダム湖沿いのやつが「木浦橋」で,通行止めだった区間の最初のが「大浦橋」で,あと「木浦二号橋」「木浦三号橋」「駒啼一号橋」「駒啼二号橋」「駒啼三号橋」があるらしい(これらの具体的な位置はよく分からん).

「木浦橋」は 1972年架設で,橋の健全性の診断は I の「健全:構造物の機能に支障が生じていない状態」.

「大浦橋」は同じく1972年の架設だけど,診断は III で「早期措置段階:構造物の機能に支障が生じる可能性があり,早期に措置を講ずるべき状態」らしい.これはまた近いうちに措置のための通行止めとかになったりするのだろうか?

残りは「木浦二号橋」が 1961年架設で他が1962年架設.診断はそれぞれ II, II, I, II, I.診断IIは「予防保全段階:構造物の機能に支障が生じていないが,予防保全の観点から優先度の高いものから順に措置を講ずることが望ましい状態」らしい.大浦橋より10年古いけど状態はまだ悪くないっぽい.

閑話休題.

同じ文書の令和元年度版もあるので,この 5年間で診断IIIがどう変わったのかも確認.

とりあえず,III だったけど状態が回復したのが 6本:川畑線の中村橋,大瀬線の大瀬橋,東後線の東扇鶴橋,上町・屋敷線の本町橋,戸立・添田線の添田2号橋の 5本が III から I へ復活,鍛冶屋・銅鳥居線の西谷橋が III から II に回復.

元年度版で II だったけど令和6年度版で III になったのが 4本:新城・赤村線の岩瀬橋,陣屋・屋形原線の大浦橋,庄大町・中元寺線の浦の谷橋,鍛冶屋・銅鳥居線の西谷の二橋.

元年度版で存在せず令和6年度版で III なのが 1本:南坂本・荻野線の緑川橋.この橋は令和6年度版で橋梁番号 167 だけど,元年度版の橋梁番号 167 は戸立・添田線の無名橋になってて別の橋だった.でもこの無名橋を含む戸立・添田線の3本の橋は令和6年度版で橋梁番号が変わってて,それぞれ 171,172,173 になってる.ついでに,この緑川橋のある路線の名称は「南坂本・荻野線」で路線番号がないのだけど,令和元年度版だと「南坂本・荻野線」は路線番号18で 3つの橋を持ってることになっている.でも,令和6年度版ではその 3つの橋を持つ路線番号18の名称は「南坂本・萩野線」に変わってる.「萩」と「荻」が微妙にしか違わない漢字なので何が正しいのかよく分からん.南坂本は R500 の龍門峡のちょっと下のあたりにバス停があるのでここらかな.荻野については r52 から深倉駅に行くところに荻野橋があって,その所在地が「福岡県田川郡添田町大字落合字荻野」なのでここらっぽい.なので,「南坂本・荻野線」はこれら2点を結ぶようなルートのはず.緑川橋で調べると荻野橋のすぐ北の小さな橋が出てくるので,この細いルートで貝吹峠を越えて東へ抜ける徒歩道のことか? でもそうなると東側で彦山川を渡る橋もリストにないとオカシイような? よーわからん.

そして III のままなのが 1本:中鶴・前河原線の桜橋.場所が「添田町大字庄」で幅員3.5m・橋長49.5m らしいので,それっぽいのは 33.5685282613913, 130.85176261799046 の桜色の橋な気がするけれど…… 現地に行ってみたら橋の名前がなかったので分からない(写真取らなかったけど反対側にも無かった).

陣屋ダムから芝峠の下へ出る謎道を通ってみた

様子見に行ったら陣屋ダムのダム湖の南端から芝峠のほうに伸びてる道(町道 陣屋・屋形原線)が通れるようになってたのでバイクで走ってみた.

とりあえずダム湖の南端辺り.左に木浦橋で前方がずっと通行止めだった道.たぶん 5年は開通を待ってた.

で,走り始めの方は普通のアスファルトの道だったけれど,直ぐに路面が怪しくなってきた.もともとアスファルト塗装だったのが剥げて砂利道状態.ついでに水も流れ続けてる感じで,右の川の擁壁の裏に大きな穴が空いてた.


そしてその先で変に盛り上がった部分が.この辺りでシエンタで来るのは諦めたい感じ.

盛り上がりを越えて振り返ったところ.左の石の様子とかを見るに,右手の山から土砂が崩れてきた感じかね.

盛り上がりの先はまたアスファルト復活.でも水が流れるのは変わらず,時々大きめの落石もあった.

そしていつの間にやら完全な砂利道に.水は相変わらずどこかしら流れてる感じで.

砂利道を進んでって暫く,左手にコンクリ製の橋とピンクリボン付きの柵を発見.地理院地図を見るとここから東側に徒歩道があるっぽい?

そしてそのすぐ先のカーブにはカーブミラーが.たぶんこの道で唯一?

もう少し進んだ辺り.路面の中央は苔がこんもり生えてる感じ.轍は水流れてるしどこを走るか悩ましい.

最近他の車両が通ったであろう痕跡を発見.軽トラとかかね.

そして電柱発見.この先の右手に家屋(廃墟)もあった.地理院地図を見るとこの辺りからポツポツ建物や田んぼが現れるので昔は集落だったのだろう.

なお,この辺りは走ってると木の枝が刺さる.なるべく枝を踏まないように走るけど躱しきらん程度に落ちてる.

そして分岐.地図を見る限り右は行き止まりなのでまた今度来たときにでも.

分岐の先は草が元気.夏は道が見えるのだろうか.

あと洗い越しもどきになってる部分も.道の右側に水が溜まって湿地もどきになりつつ,そこからの水が一旦道に出てきて途中で右に折り返して暗渠を通って左に抜けるとかいうよく分からん状況で.とりえず路面が結構削れてるのでシエンタで擦らずに通るのは難しそう.

そして平らな道が続いてるなぁと思った辺りで退けられた通行止め看板を発見.どっち方向の案内だったんだろう?

今回の走行で唯一路面を塞いでた倒木.動かすのも面倒なので左のスペースから抜けてった.軽トラだとそのまま通っていったりするのだろうか.

そしてその後は特に変わったこともなく,川を跨いだ先でアスファルト道に出て,そこを左折して降りてきたら芝峠を下ってきた辺りに出てきた.このゴツい法面の部分が崩れて通れなくなってた部分のはず(工事中の☓字のブロックを遠くから眺めた気がする).

もう少し降りてきて芝峠から降りてきた道との合流点.芝峠の方はまだ通行止めだった.だいぶ壊れてたからなぁ……

そして駒啼のバス停まで降りてきて振り返ったところ.効いてるのか分からんけど通行止め?

ということで,5年以上前から気になってた道を走れて満足.折角なので GPS軌跡(赤線)も.左上が陣屋ダムのダム湖で,そこから一番下まで南下して折り返した辺りに芝峠からの道が合流.

30℃超えた

18時過ぎの室温が30℃の大台に乗ってた.湿度 29% で扇風機の風があれば十分だけど.

もうちょい穏やかな春をくれ……

暑いなぁ

夜21時頃でも室温が29.5℃.もう夏なのか? 湿度が 40% だからまだいいけれど.

というか,4Kディスプレイ3枚(43インチ + 27インチ*2)の発熱って実は大きい? 夏場はディスプレイ枚数減らそうかな……

群馬パスポート欲しいなぁ

群馬県がパンフレット兼県内市町村スタンプラリー台紙として「群馬パスポート」を配布したというニュースを見た.1万部が瞬殺だったのだとか.グンマー帝国ネタがどの程度効いているかは気になるところ.

とりあえず追加頒布があれば確保して毛無峠に行きたい.

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