- 2026-05-10 (Sun) 13:15
- 一般
昨日通った道が添田町の町道 陣屋・屋形原線ということでよいのよね,というのの確認をしたくて「大浦橋」(通行止めだった区間に入ったすぐ先で木浦川の右岸側に渡る橋)と「陣屋・屋形原線」でぐぐったら添田町の令和6年度(令和7年3月)の「個別施設計画(橋梁、道路附属物等)」が引っかかった.その橋の一覧表の 51番に「大浦橋」があって,その路線名称が「陣屋・屋形原線」なので,今回の道が町道 陣屋・屋形原線ということでよさそう.この一覧表によると陣屋・屋形原線は2級町道らしい.なるほど,このクオリティが2級町道なのか.
んで.せっかく橋の一覧表があるので色々見てみる.
陣屋・屋形原線の橋は 7本あって,ダム湖沿いのやつが「木浦橋」で,通行止めだった区間の最初のが「大浦橋」で,あと「木浦二号橋」「木浦三号橋」「駒啼一号橋」「駒啼二号橋」「駒啼三号橋」があるらしい(これらの具体的な位置はよく分からん).
「木浦橋」は 1972年架設で,橋の健全性の診断は I の「健全:構造物の機能に支障が生じていない状態」.
「大浦橋」は同じく1972年の架設だけど,診断は III で「早期措置段階:構造物の機能に支障が生じる可能性があり,早期に措置を講ずるべき状態」らしい.これはまた近いうちに措置のための通行止めとかになったりするのだろうか?
残りは「木浦二号橋」が 1961年架設で他が1962年架設.診断はそれぞれ II, II, I, II, I.診断IIは「予防保全段階:構造物の機能に支障が生じていないが,予防保全の観点から優先度の高いものから順に措置を講ずることが望ましい状態」らしい.大浦橋より10年古いけど状態はまだ悪くないっぽい.
閑話休題.
同じ文書の令和元年度版もあるので,この 5年間で診断IIIがどう変わったのかも確認.
とりあえず,III だったけど状態が回復したのが 6本:川畑線の中村橋,大瀬線の大瀬橋,東後線の東扇鶴橋,上町・屋敷線の本町橋,戸立・添田線の添田2号橋の 5本が III から I へ復活,鍛冶屋・銅鳥居線の西谷橋が III から II に回復.
元年度版で II だったけど令和6年度版で III になったのが 4本:新城・赤村線の岩瀬橋,陣屋・屋形原線の大浦橋,庄大町・中元寺線の浦の谷橋,鍛冶屋・銅鳥居線の西谷の二橋.
元年度版で存在せず令和6年度版で III なのが 1本:南坂本・荻野線の緑川橋.この橋は令和6年度版で橋梁番号 167 だけど,元年度版の橋梁番号 167 は戸立・添田線の無名橋になってて別の橋だった.でもこの無名橋を含む戸立・添田線の3本の橋は令和6年度版で橋梁番号が変わってて,それぞれ 171,172,173 になってる.ついでに,この緑川橋のある路線の名称は「南坂本・荻野線」で路線番号がないのだけど,令和元年度版だと「南坂本・荻野線」は路線番号18で 3つの橋を持ってることになっている.でも,令和6年度版ではその 3つの橋を持つ路線番号18の名称は「南坂本・萩野線」に変わってる.「萩」と「荻」が微妙にしか違わない漢字なので何が正しいのかよく分からん.南坂本は R500 の龍門峡のちょっと下のあたりにバス停があるのでここらかな.荻野については r52 から深倉駅に行くところに荻野橋があって,その所在地が「福岡県田川郡添田町大字落合字荻野」なのでここらっぽい.なので,「南坂本・荻野線」はこれら2点を結ぶようなルートのはず.緑川橋で調べると荻野橋のすぐ北の小さな橋が出てくるので,この細いルートで貝吹峠を越えて東へ抜ける徒歩道のことか? でもそうなると東側で彦山川を渡る橋もリストにないとオカシイような? よーわからん.
そして III のままなのが 1本:中鶴・前河原線の桜橋.場所が「添田町大字庄」で幅員3.5m・橋長49.5m らしいので,それっぽいのは 33.5685282613913, 130.85176261799046 の桜色の橋な気がするけれど…… 現地に行ってみたら橋の名前がなかったので分からない(写真取らなかったけど反対側にも無かった).
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